21年ぶりに大台を切る
月間100km以上のウォーキング、今月で16か月連続を達成しようとしています。
先月までなら、このタイミングで100kmに到達していたのですが、今月は体調を崩したこともあり距離がのびていません。
それでも、何とか今月の達成も見えてきた、という段階になりました。体調を見ながら歩き続けます。
さて、今歩いている理由が、体重を落とす、そして血圧を下げることにあることは以前に(ってだいぶ前か。。。)書きました。
血圧の値はまだまだ難儀していますが、体重は順調に落としています。
スタート時に84.6kgあったものが、今朝の時点で79.7kgとなり、約21年ぶりに80kgの大台を切ることができました。
これまで目標に掲げながら実現していなかった水準。やはり、その先に目標を設定していたことが、この段階で足ふみせずにすんだ要因かもしれません。
身長が174~5cmなので、せめて「身長から100を引いた値」までは実現したいですね。
体のムダがだいぶ取れてきたので、自分が抱えているいろいろなムダも取っていきたい。抽象的な言い方ですが、今よりも良い(いろいろな意味で)自分を目指して、もう一歩前進していきましょう。
ちなみに、今回体重が落ちたのは、歩き続けたこともさることながら、炭水化物を摂りすぎないよう気を付けた(完全に抜いたわけではない)ことと、酒を飲む頻度を落としたことが奏功したものと自己分析しています。
新聞記事で年齢載せられるのはなぜ?
個人情報については、近年、慎重に取り扱われるようになりました。
しかし、新聞では、一般の方でも普通に年齢が載りますよね。
あれって、必要な情報なんでしょうかねぇ。。。
私も新聞に年齢まで掲載された経験があります。
1年近く前の話です。
趣味でやっている合唱のコンクールで、表彰式に合唱団の代表として登壇し、良い結果を得た、ということで、某大手新聞社の記者からインタビューを受けました。
2~3の質問に答えて終わり、となる段になって、生年月日と連絡先を聞かれました。
伝えないで終わりにする、という選択肢は与えられてないような雰囲気。決して威圧的ではないのですが、「もちろん教えてくれますよね?」という疑いのない視線を、記者に感じました。
個人情報の取扱いには十分注意する、というくだりの告知も全くありませんでした。
インタビューを受けた時は、それほど気にかけていませんでしたが、「そういえば・・・」と思い、書き留めておきます。
東京で歩き納め
大型連休を使って、埼玉県に帰郷しています。
昨夜は移動途中で東京に宿泊。
目的は、翌朝の皇居外周のウォーキングでした。
色々なところで言われて「もういい!」と言いたくなる、今日は「平成最後の日」。
朝からあいにくの雨でしたが、傘をさしてウォーキングを決行したのでした。
皇居の周りや東京駅は、かなり多くの警察官が立っていました。
そして、報道関係の方もあちこちで見かけました。
日中に通るであろう、皇室関係の車両を狙うのか、今日一日の動きを記録に収めるためか、朝5時台からカッパを着用の上、カメラを回している姿も見かけました。本当にご苦労様です。
思えば、30年前、昭和最後の日も雨でした。
予備校での冬期講習の授業を終えて歩いた都心は、重い空気に包まれていました。そりゃそうですよね。元号が変わることは、すなわち天皇陛下が崩御された、ということでしたから。
今回の、平成から令和への交代は、お祝い事のように明るい雰囲気で迎えようとする向きが強い。貴重な体験かもしれません。
テレビも特番ばかりで、なんだか季節外れの正月を迎える気分です。
元号が変わっても、着実に歩き続けて、月間100kmの連続達成月数を更新していきます。
思えば、
経過は順調
Blogの投稿は滞っていますが、歩くのはきちんと続いています。
昨年4月から最低ラインと決めた月間100km。
今月は月半ばで達成し、連続記録は13か月になりました。
歩き続ける理由は、単に距離を稼ぐだけではなく、体重を落とす、そして、その先に実現することとして血圧を下げることにあります。
もちろん、歩くだけで実現することではなく、食事や酒についても気を付けなければなりません。そちらは、職場でひっかかった特定健康指導の流れに乗って、炭水化物の量を落とす、酒を飲む頻度を落とす取り組みを行っています。
まだ1か月半程度の取り組みですが、まず体重に効果が現れました。3kg減。
血圧の値は、いろいろな要因で上がり下がりがあり、効果発現には時間がかかりそうですが、この取り組み、続けていきます。
あの時、持ってて助かったもの
3月11日。
東日本大震災から、早いもので8年が経ちました。
8年前、たまたま東京に出かけていて震度5強の揺れに遭い、完全に交通機関が止まってしまった中、所用で出かけた先から東京駅近くに取っていたホテルまで、数キロ歩いたのでした。その道中で見たいろいろな光景、今でも忘れません。
あの時は旅の人でしたから、万が一のために備えていたものは何もありませんでした。
しかし、一つだけ、いつもの旅では持たないが、その時には手元にあったものがありました。
それは小型ラジオでした。
もちろん、非常時に備えて携行していたのではなく、普段は聴くことができない首都圏のラジオ番組を聴くことが目的でした。
あの揺れの後、ラジオは貴重な情報源となりました。
東北地方での被害の状況を知ることもさることながら、自分がどうやって移動するか(前述のとおり、結果としては歩いたのですが)を判断するための情報をとったのも、やはりラジオでした。
あれから8年。
当時携行していたラジオは全く電源を入れていません。
その代わり、radikoのおかげで、スマートホンで、地域、時間の制約が緩和された中でラジオを聴いています。
聴く手段は変わりましたが、ラジオが大事な存在になっているのは確かです。
新たな記録者
これまで、ウォーキングの記録はスマートフォンアプリ”Runtastic”で取っていました。
しかし、夜に歩くことが多い私。
やはり、わずかな時間とはいえ、スマートフォンを操作しながら歩く(=その瞬間、周囲への注意がなくなってしまう)のは危ないな、と思い、新たな記録者として時計を購入しました。
これが新たな記録者。EPSON J-300です。
エクササイズとしてランやウォークの記録を図れるほかに、日常の歩数や心拍数も記録できます(他にも機能はあるでしょうが、まだすべてを把握しきってはいません)。
スマートフォンとはBluetoothで接続でき、記録されたデータを連携できるスマホアプリもあります。
早速今日のウォーキングから、こちらでの記録を開始しました。
ニュースの現場から
今夜のウォーキングで国道2号線沿いを歩いている途中、普段と違う光景を目にしました。
いつも明かりがついている店が、真っ暗になっていたのです。
店が暗くなっていると「おっ、閉鎖か?」と思ってしまうのが常なのですが(当地では、そのくらい、気が付いたら閉店してしまう店がよく見られるのです)、ここはそうではありません。
ニュースで報じている媒体もあるようですが、大手回転ずしチェーンのスシローが、2月5日・6日の両日、すべての店舗を休業にすると決めたことによるものです。
このスシローの話を、きょうの日本経済新聞のコラム「春秋」でも取り上げていました。
このコラムの最後の部分を読んで、いつの間にか、年中無休や24時間営業などで「店は営業しているのが当たり前」という感覚になっていましたが、その状態になったのって、ここ30年くらいのことなんだよなぁ、と再認識したのでした。